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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(オ)857号 判決

上告人

久保田章

亡中川巖訴訟承継人

上告人

中川善介

右両名訴訟代理人弁護士

菅井俊明

被上告人

桂木茂

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人菅井俊明の上告理由一について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同二について

一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  訴外松木幸吉(以下「訴外松木」という。)は、第一審被告中川巖(以下単に「中川巖」という。)との間で、昭和五二年三月二四日中川巖に対する一〇〇〇万円の貸金債権(利息年一割五分、損害金日歩四銭、弁済期日同年五月三一日。その後五〇〇万円の弁済がされた。)を担保するため同人所有の本件農地(一四筆)のうち三筆につき抵当権設定契約を締結して、同年三月二五日抵当権設定登記を経由し、更に、同年四月七日同人に対する準消費貸借上の一五〇〇万円の債権(利息年一割五分、損害金日歩四銭、弁済期日同月一五日。ただし、実際の貸付債権額は七八〇万円)を担保するため右三筆を除くその余の本件農地につき抵当権設定契約を締結して、同年四月八日抵当権設定登記を経由した(以下右各抵当権を「本件抵当権」といい、右各登記を「本件抵当権設定登記」という。)。

2  被上告人は、訴外松木から、昭和五二年五月一三日中川巖に対する前記一五〇〇万円の債権の、同年七月二八日同人に対する前記一〇〇〇万円の債権の各譲渡を受け、同月二九日本件抵当権移転の附記登記を経由した。

3  上告人久保田は昭和四七、八年ころから農地法三条の許可を受けないで中川巖から本件農地を賃借し耕作していたものであるところ、中川巖と上告人久保田は、昭和五二年一月一〇日に本件農地につき賃貸期間を一〇年とする本件賃貸借契約(以下単に「本件賃貸借」という。)を締結したこととして、同年五月一六日加賀市農業委員会に対し農地法三条の許可申請をし、同委員会は同年六月二三日これを許可した。

4  被上告人は、昭和五二年八月二五日本件抵当権に基づき本件農地等の競売を申し立て、金沢地方裁判所小松支部昭和五二年(ケ)第二〇号、第二一号各不動産競売申立事件として係属した。

5  加賀市農業委員会は、本件抵当権設定登記後に効力を生じた本件賃貸借の存する本件農地も農地法三条二項一号の小作地に該当するとして、上告人久保田以外の者にはその取得資格を認めず競買適格証明書を交付しない取扱いをした。

6  前記競売事件においてされた野本幸二の鑑定等によると、本件農地のうち前記三筆の評価額は合計一三四万四〇〇〇円であり、その被担保債権額五〇〇万円に達しておらず、また、右三筆を除くその余の本件農地の評価額は合計五三四万一〇〇〇円であり、その被担保債権額七八〇万円に達していないものであるところ、本件農地につき上告人久保田の賃借権が存在しない場合における本件農地の評価額は右鑑定評価額の約二倍である。

二上告人久保田と中川巖との間で締結された本件賃貸借は、被上告人のした競売申立て前に成立してはいるものの、農地法三条の許可があつたのが本件抵当権設定登記後であるのみでなく、その賃貸期間が一〇年であるというのであるから、本件抵当権の抵当権者たる被上告人に対抗することができないものであるといわなければならない。

農地法(昭和五四年法律第五号による改正前のもの)三条二項一号は、小作地又は小作採草放牧地(以下「小作地等」という。)につきその小作農及びその世帯員並びにその土地について耕作又は養畜の事業を行つている農業生産法人(以下「小作農等」という。)がその小作農等以外の者に対し所有権を移転することにつき同意した場合並びに強制執行、競売法による競売又は国税徴収法による滞納処分に係る差押え又は仮差押えの執行(以下「差押え等」という。)のあつた後に使用及び収益を目的とする権利が設定された場合を除き、小作地等について所有権を取得することができる資格者を当該小作農等に限定しているので、本件のような抵当権設定登記後右差押え等のされる前に設定された賃貸借の存在する農地も同号の小作地に該当するものと解さざるをえず、したがつて、前記の所轄農業委員会が本件農地につき賃借人(小作人)たる上告久保田以外の者に競買適格証明書を交付しない取扱いをしたことには理由がある。

ところで、抵当権設定登記後差押え等のされる前に設定された農地の賃貸借のうち短期賃貸借として抵当権者に対抗することができるものであつても、右抵当権者に損害を及ぼすときはその請求により裁判所は右賃貸借の解除を命ずることができるものであるところ(民法三九五条但書)、農地法がかかる短期賃貸借の解除請求を禁じているものでないことは、右のとおり、他方で、抵当権の実行の場合を含め差押え等の後に設定された賃借権等との調整に関する規定を設けながら、右解除請求を禁ずる旨の規定を設けていないところからも明らかであると解することができる。

思うに、本来、抵当権者に対抗することができない賃貸借は、競売手続においては競落人に対抗することができないものとしてこれを無視して右競売手続を進行すればよいのであつて、抵当権者に対抗することができる短期賃貸借であつてそれが抵当権者に損害を及ぼすときにのみ前記のとおり抵当権者は民法三九五条但書により裁判所に対し右賃貸借の解除を請求することができるのであるが、抵当権者に対抗することができない農地の賃貸借であつても、本件のように競売手続上農地の賃借人の地位が重視され、所轄農業委員会等により当該賃借人(小作人)以外の者に競買適格証明書を交付しない取扱いがされているため競買申出人が右賃借人(小作人)に限定され、この点において実質的にはあたかも右賃貸借が抵当権者に対抗することができるのと同様の状態をもたらし、その結果、抵当権者に損害が及ぶときに限り、抵当権者は、同条但書を準用してかかる賃貸借の解除を請求することができるものと解するのが相当である。けだし、民法上抵当権者に対抗することができない賃貸借が対抗することができる賃貸借と同様に抵当権者に損害を及ぼすにもかかわらず、対抗することができない右賃貸借の解除を請求することができないとすると、抵当権者に対抗することができる短期賃貸借であつても右抵当権者に損害を及ぼすときにはその解除を請求することができることと対比して基だしく不公平かつ不合理なものといわなければならないからである。農地法も前記のとおり抵当権者に対抗することができる農地の短期賃貸借であつても抵当権者に損害を及ぼす賃貸借の解除請求を禁じているものではないと解されるから、抵当権者に対抗することができないがこれに損害を及ぼす前記のような農地の賃貸借を短期賃貸借の解除の規定(民法三九五条但書)を準用して解除することができると解しても農地法の趣旨に反するものということはできない。

右と同旨の見解に基づき、前記の原審確定事実のもとにおいて、本件賃貸借は民法三九五条但書に準じ解除請求の対象となるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長島敦 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人菅井俊明の上告理由〈省略〉

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